ソニー技術の秘密

ソニー技術の秘密

はじめに

第一章 「運」は強い意志が引き寄せる

「世界のソニー」への第一歩をどう踏み出したか

(1)「開発」とは「夢実現」の可能性を探るもの

「運命の女神」が微笑んだ

本棚にあったヒント

「磁性粉」ができた

「磁気ヘッド」は手作りで

役立った、父から教わった砥石使い

テープから音が出た

「ワイヤー・レコーダー」の開発に取り組む

私は孤独でした

ノウハウの蓄積

自作の測定機で開発に挑む

(2)日本初の「テープレコーダー」誕生

最短距離をまっしぐらに進め

試作第一号機が完成

井深さんから教わったノウハウ

「よし商品を作ろう」

日本初、「G型テープコーダー」を発売

「テープコーダー」研究開始一周年の記念録音

第二章 熱しやすく、冷めやすく

師、井深大氏から教わった「開拓者」の精神(こころ)

「機械」を学ぶ

学徒動員

初めての空襲体験

東京大空襲

再度の空襲

アルミ鍋を生産販売する

原爆投下、そして終戦

父を失う

趣味が身を助ける

井深さんとの出会い

終生忘れられない、井深さんの言葉

新入社員第一号

本格的なメカの仕事に元気湧く

盛田さんとの出会い

人真似は嫌い

第三章 好きなことは、とことんやれ

「技術屋の一生」はどうあるべきか

(1)面白そう、だからすぐやる

H型は日本初の工業デザインを採り入れた

「ポータブルレコーダー」は手回しのゼンマイで作ろう

NHKが採用してくれた

「デンスケ」がポータブルレコーダーの愛称に

機械は宇宙に浮かべて考える

「日本映画技術協会賞」を受賞

テープの幅が合わない

至上命令、コストダウン

(2)立体録音時代来る

「しゃべるスライド」を作る

ステレオ記録の研究を開始

初めてのキャバレー体験

日本で初めて、生録のステレオ音楽を聴いた人は

ニコライ堂の屋根に登る

「音楽ブロ」に入ったようだ

NHKが世界初の立体放送を

俳優座劇場で三元立体音響を使用

不思議な耳

(3)「ビデオレコーダー」を作りたい

「テレビ」の黎明期

テレビ試験放送を受信した

熾烈!テレビ放送一番乗り競争

「ビデオレコーダー」を作りたい

ビデオ作りはカメラから

エリザベス・テーラーが再生できた

夢、おあずけ

(4)「トランジスタ」時代到来

アマチュアが大活躍

「トランジスタ」時代到来

「ベビーコーダー」を開発

日本最初の「トランジスタ・ラジオ」発売さる

八ミリ映画から音を出す

「トランジスタ」でストロボ・フラッシュを光らせる

遊園地の自動操縦カーを作った

吹上御所に「トランジスタ・インターホン」を設置

日本最初のテープ用マガジンを開発

三次元の自由空間で回転させながら図面を見る

「トランジスタ・テレビ」の開発

第四章 「ソニー技術のスピリッツ」とはなにか

「必要なものは自分で作る」―これが技術屋魂

(1)ビデオ戦争を戦い抜く

ソニーは「オーディオ・ビデオ」の時代に突入

「ビデオ」は、すべてトランジスタで作ってしまえ

初めての海外出張で見つけたカラーブラウン管

アメリカ人はおおらかだ

世界初の工業用VTRを完成、発売

1.5ヘッド方式でVTRを作ろう

「木原君は金の卵を生むニワトリです」

「家庭用ビデオ」が完成

たった一つぐらいのアイデアで、物ができると思うな

「ビデオ・デンスケ」ニューヨークで大活躍

「科学技術功労賞」を受賞

井深さんから「神様のような」と言われた

ビデオはカセットでなければならない

クロムテープを使用する

加工精度が飛躍的に向上

テープに優しいローディング方式

ノイズが発生しないロータリー・トランスを使う

「ビデオ元年」宣言

「カラー・デモンストレーター」を公開する

長寿を保ってきた「U-matic」

ソニーでのビデオ・カメラ開発の歴史

世界初のトランジスタ化放送用「イメージ・オルシコン・カメラ」を開発

「トリニコン単管カラー撮像管」開発

開発グループが製造を立ち上げよ

(2)欧米人と日本人の考え方の差

他人の業績を尊敬する欧米人

新しい技術は、速やかに文献にして残せ

「世界の東通工に」、盛田さんの決心

柳の下にいつもドジョウはいない

「ベータマックス」の開発

理想のゴルフスイングを求めて

「400型を商品化したい」

「もっと飛距離の出るクラブを」

技術準備室が発足

「PV-100型VTR」がスミソニアンに永久保存となる

「ベータマックス」を発表

「ソニー・アイデア・コンクール」が開催された

アメリカの国防施設を見学

「ベータ・フォーマット」の統一が不調に終わった

輝かしき「ソニー設立30周年記念」を迎えた

第五章 私の発想法

「夢実現」へ技術屋が心がける哲学とは

(1)私一人で開発する時代ではない

次はベータの半分にしよう

二つの課で開発競争

「CCD撮像素子」が開発された

「CCDは素性がよい」と見抜いた

失敗を許さない技術屋根性

発表会は絶対に失敗は許されない

自慢じゃないが、失敗皆無の連続タイトルを保持

上司は技術屋の心を理解してほしい

「磁気カメラ」が作れそうだ

なぜ、そんなに急ぐのですか

写真を撮ったらプリントだ、「マビグラフ」完成

(2)得手に帆を上げよ

開発研究所を新設

新しい商品開発が始まった

備えあれば憂いなし

「ビデオ大量複製装置(コンタクト・プリンタ)」の開発に成功

「パーソナル・コンピュータ時代」が動き出した

「ワークステーション・NEWS」を開発

「ザ・ソニー・ランキング」を手がける

『木原学校』は大いなる夢を描いた

私の『ラッキー理論(セオリー)』

「木原研究所」が発足した

第六章 「素性がよいもの」を探せ

新商品開発のポリシーとは

新しい市場の要求するものを考える

商品はフィードバック・ループによって成長してきた

「素性のよいもの」を探し出す

「素性がよい」と判断できるようになるには

技術系の人は、知識プラスαが必要です

自分で手を汚して覚える

無理のない設計をする

電気は正直だ

確実なシステムを組み合わせる

食らいつきの精神

最新の技術を上手に利用する

ソニーにおける技術開発の時代的な推移

あとがき

 

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